2013年8月27日火曜日

朝日新聞取材に同行【後半】~チュークを学ぶ~

 
朝日新聞の宮地記者と関口カメラマンと過ごさせていただいた
なんとも素敵な時間の後半部分をちょぴっとご紹介♪
 
 
※【前半】は下記お読みください♡
可愛いチュークのちびっ子がたくさんです♪
 
”ザビエル高校⇒灯台⇒トナチャウ山”というハードな日程では
到底足りなかったザビエル高校での時間。
といことで再度ザビエル高校へ
 
「HOME OF THE NAVIGATORS」という
なんとも立派な門をくぐって入るザビエル高校には
素晴らしい資料館があるんです!
(生徒はFSM パラオ マーシャルから選ばれし少数精鋭)
 
戦前・戦時中・戦後のミクロネシア地域の写真をファイリングした沢山のファイル。
何時間見ていても飽きません。
そのほとんどはMICRONESIAN SEMINARからきています。
 
 
【最強の運‼!!】
なんと再訪問したこの日。
この資料室を作った神父さんがグアムからいらしていました。
神父さんはミクロネシアセミナーでも働いていて、
20冊もの本を執筆されたとか。
お二人の求める資料のある場所を丁寧に丁寧に教えてくれました。
「素晴らしい資料室ですね」と言われにこっと微笑む神父さん。
まるで我が子をほめられたお父さんの様でした。

いつもはグアムで暮らされている神父さんにこのタイミングで会うことが出来たお二人。
いやー強運です★

【神父さんと司書の女性】
”この時のこの資料は・・・”という問いかけにすぐに答えてくれるお二人。
プロフェッショナルです。

そして・・・・関口カメラマンのRQにもノリノリ♡
 ザビエル高校で魅力的な資料に浸かり、
素晴らしい神父さんにお会いして、
興奮気味の私達が次に向かったのは
”リンダ モリ氏”のところです。

※森ファミリーはチュークでは言わずと知れた”森小弁”を祖とする巨大日系ファミリー。
【森小弁】1892年にトラックにコプラ貿易のためにくる。
その後、酋長の娘と結婚し、自らも大酋長となる。
1945年にトラックにて亡くなる。”冒険ダン吉”のモデルとなったと言われている。(実際は不明)
現ミクロネシア連邦大統領”エマニュエル モリ氏”は”森小弁氏”のひ孫(日系4世)にあたる。

【リンダ モリ氏】
犬も歩けば・・・・と称したら失礼にあたるかもしれないですが、
ウエノ島では至る所で”森さん”に出くわします。
「小弁の●男の… 」と説明してくれるのですが、
とにかく数が多い!!!なかなか覚えられません。。。。。。

現大統領の妹さんであるリンダさん。
いつもは少々キリっとした顔をして近寄り難い雰囲気をかもしだしている彼女ですが(ごめんなさい)
色々話してくれました。

お父さんの事・・・・おじいちゃんの事・・・・そして自分の事。

「日系4世」
チュークに生まれチュークで育ちながら
”日本人だということを忘れるな”という教育を受けた彼女。
日本人としての誇りを持ちながらチュークで暮らす難しさや複雑さも
インタビュー中に垣間見ることができました。
 


【オシエン マサシゲ ベニアン氏】
1927年生まれ86歳

今でも流暢に日本語を操るオシエンさんが生まれた1927年
チュークは日本統治時代でした。
当時は日本名を持つ人が周りにたくさんいたようです。

チューク人の子供のために建てられた公学校に通って日本語を学んだオシエンさんは
トラック大空襲(1944年)時はパラオの学校に通ってました。
戦争が終わってからチュークに戻ってきて見ると日本人が居なくなって、
アメリカ人がたくさんいてびっくりしたと・・・。
当時の事を話してくれました。

「日本は好きですか?」の問いに・・・・
「私は大好きです」とはっきりした口調で答えてくれたオシエンさん。
「でもね、嫌いな人もいます。兵隊さんはいけないこともしたから。
でもね、それは戦争だから。それが戦争だから。しかたありまあせん」と加えました。

戦争という時代を知らず、”過去”の事として習ってきた私にとって
目の前に居るオシエンさんから出てくる生きた言葉の一つ一つが胸に響き
なんとも言えない気持ちになりました。

「日本人が居た時代はね・・・すごく良かったんですよ。」
「日本にはね、友達がたくさんいるんですよ。
九州から北海道までたくさん。だからね日本に行ったら泊まるとこにはこまりませんよ。」
力強くいろいろなことを語ってくれるオシエンさん。

オシエンさんから最後にお願いされました。
「天皇陛下には会うことはできますか? 会いたいです。
どうして日本は私達を日本につれていってくれないのですか?
みんな日本のために頑張ったのに」

このお願いを私はかなえることはできないけれど、、、、
オシエンさんが時たま持ってきてくれる日本からのお手紙の”代読”はこれからも続けていきたいと思います。
オシエンさん。いつでも観光局に来てください。

 

最後には当時歌っていた歌も披露してくれました♪♪

「字も書けるんですよ」
「私みたく日本語を話したり、書いたりできる人はいないですよ」
得意げに語るオシエンさん。

お名前を書いてもらいました。
お見事!!!!


【チューク州副知事】
なかなかなかなか難しかった州知事へのインタビュー・・・・。
すったもんだありました。(色々ミスコミュニケーションが発生し・・・・。
どうも歯切れが悪くなってしまうのは、、正直思うところはいろいろあるけれど
それをぶちまけるのはちょっと控えようかなという思いがございます)

結局は副知事へのインタビューと相成りました。

んーーーー( 一一) 
今までお会いしたチューク人達は約束時間も守ってくれて
誠意ある対応をしてくれて、なにやら「チューク人素敵でしょ♪ エッヘン♪」とすごく誇らしかったので、
州政府のすったもんだは正直がっかりしました。
「最後にこれかぁ・・・・・」と少々やるせない気持ちにもなりました。

でも、州知事やほかの部署の方々が一生懸命答えてくれたので
結果オーライ?という事で。
(とは気持ちの面が追い付かないけど、そう思うしかないですね!!)


 

【グラッドフィン アイセック氏】

1973年11月13日 チュークで初めてダイビングショップをオープンさせたkimiuo Aisekさんの長男。
現在はチューク随一のリゾートホテル「ブルーラグーンリゾートホテル」とダイビングショップのオーナー。

父親であるキミオさんからはダイビングの仕方はもちろんの事
それ以上に、”沈船に眠る人々へ敬意を払う事”の大切さを教えられたと話してくれました。

日本統治下の1927年に生まれたキミオ アイセックさんは17歳の時
トラック大空襲を目の当たりにしています。彼は健在の時、チュークに訪れる
ダイバー達に当時の様子を伝え、沈船ダイビングは”楽しい”ことではなく
”沈船に眠る人々への敬意を払う事である”ということをわかってもらいたかったようです。

2001年にキミオさんが亡くなってからは
グラッドフィンさんがその役を引き継いでいます。

「特別なことはしていないけど
毎年2月17日・18日(トラック大空襲)にはダイビングショップのスタッフと共に
ラグーンに献花しているんだよ」と話してくれました。

 
今回、お二人にちょこっと同行させていただいて
普段なかなか聞けないお話をたくさん聞くことができました。
本当によい機会をいただけたと感謝しています。

当たり前の事ですが・・・・

まだまだ知らないことがたくさんあるという事を痛感し
同時に、多くの事を吸収したいという気持ちが
衰えていないことも確認できました。
限られた時間の中ですが、
目も耳も大きく開いて、五感をすべて使って
チュークでの日々を過ごしていきたいと思います。

プロフェッショナルで恰好良いお二人を見ていて、
少々(?)南国ボケしている自分に”喝”を入れることが出来たようにも思います。。。

た・・・ぶ・・・・ん。





2013年8月23日金曜日

朝日新聞取材に同行【前半】~母親気分?~

ここ最近チュークが熱い??
 
読売新聞のトップに掲載されたり。
(8月13日夕刊:民間会社がj駆潜艇29号の場所を確認に来るという内容)
 
テレビロケが行われていたり。
(詳細は後日、観光局Facebookでお知らせ予定)
 
そんなチュークに朝日新聞の宮地記者関口カメラマンが取材にいらしていました。
トラック空襲(1944年)から来年で70年。
水中博物館とも称されトラック環礁に沈み珊瑚や魚の住家となりながら
歴史を物語る沈船も時の流れとともに朽ち始めています。
そんな沈船や島々に残る戦跡の取材のために
チュークにいらしたお二人。
 
陸上取材の際、少し同行させていただきました。
プロフェッショナルなお二人から沢山勉強させていただきました。
チュークについてもたくさんの発見があって本当に素敵な時間でした。
 
その模様をちょっとご紹介♪
 
と、その前に・・・・・
チューク滞在中にすでに記事が掲載されたんです。!!
 
★8月17日の夕刊の一面
⇒買いそびれた方のためにデジタル版を!!
★なんと英字デジタルにも掲載されました‼!
 
そして
★9月2日~5日の4日間、夕刊の一面をめくった裏側に連載予定です♡
★BS朝日(生放送)でも9月22日に放映予定です♡
 
 
さて本題へ
 
私が住むウエノ島の戦跡取材ということで
ザビエル高校⇒灯台⇒トナチャウ山をめぐることにしました。
この3本柱を1日で回ったことは未だかつてありませんでした。
強行スケジュール・・・・。
後々・・・お二人から『いやーしんどかった』とお言葉をいただきました。
ごめんなさいm(__)m
 
そういえばトナチャウ山に登っている最中に宮地記者が
「アマゾンの取材よりも厳しいかも~」って言ってたっけな(笑)
 
さぁ大変一日スタート!!!
 
ちょこちょこ寄り道して通常×2ぐらいの時間をかけて
最初の目的地ザビエル高校に到着‼!!
【ザビエル高校】
 
【ザビエル高校が誇る資料室】
ミクロネシア地域の戦前・戦時中の写真がスクラップされています。
何時間いても飽きない空間。
もっと居たい!!! というお二人に
”今日のミッションがコナセマセン‼!”
とせかして退散。ごめんなさいm(__)m

【階段に書かれた戦争の絵とボランティアティーチャー達】
この絵は先生や生徒によって書かれたものとか。
ザビエル高校の先生はほとんどがボランティアです。
 
 後ろ髪惹かれるお二人をせかして灯台へ。(ごめんなさい)
載せたい写真がたくさんありすぎため今回灯台の写真は断念。
詳細は下記ご覧ください♪
http://visit-chuuk-micronesia-yokko.blogspot.com/2013/06/blog-post_26.html

さぁ!!! この日のメイン『トナチャウ山』へ‼!
トナチャウ山:http://visit-chuuk-micronesia-yokko.blogspot.com/2013/06/mttonachau.html
 
 
いつもガイド役をしてくれる子供たちに
『日本の新聞に載っちゃうかもよ♡』と囁くと
俄然やる気‼! 
 
でもって何か緊張気味(笑)
そりゃそーか、
いつもみない立派なカメラでたくさん写真撮れれるんだもんね♡
 
 
ちょっとポーズを決めてみたり♪

リクエストにこ応えてみたり♪

愛嬌ふりまいてみたり♪

緊張しながらも”ガイド”のお仕事は忘れません!!!
「こっちに日本の文字が書かれているよ」
とお二人をご案内。さすがちびっこガイドさん♡

”日本の新聞に載るかもよ~”の一声が効いたのか・・
いつもよりも大勢のガイドさん達。
ん・・・・・?サングラスのちょっと怖めの方がいます(+o+)

と思ったら、実はこのお兄ちゃんめっちゃ気さくで優しい方♡
滑りそう落ちそうな私達と幾度となく助けてくれました。
頼りになる!!!

【最新兵器登場!!!】
左上見えますか?
小型カメラ‼!!!
関口カメラマンが
”枝 枝ない??”とちょっと不審な行動をしたと思ったら・・・・・
こんな裏技を。

すごいなぁ~
子供達も大はしゃぎ。というか
プチぱにっく(笑)

宮地記者に「アマゾン取材よりきついかも」と言わしめたトナチャウ登山。
ちびっ子ガイドに助けられながらどうにか大人3名登り切りました。
途中で我らの道中を阻む難所では
ちびちゃん達が”つかまって”と手を差し出してくれます。
 
ちっちゃな体と細い手からは想像できないような
逞しい力で”ヒョイ”と引き上げてくれる彼ら♡
 
”こっちが登りやすいよ”すこしでも登りやす方法を
教えてくれる彼ら♡
 
本当に頼りになる♪
 
【ガイド役から解放された子供達】
調子に乗り出しました♡
あー宮地記者見えない(+o+)

お兄ちゃんも調子に乗り出しました。
”お腹みたい?”とニヤニヤし出したと思ったら・・・・

じゃーーーーーーん!!!

MICRONESIA

・・・・すごい愛国心‼!!

それを撮る宮地記者と関口カメラマン(笑)

じゃあこれも♡ドヤ顔②
左太ももの”亀”

実はこっちも♡ドヤ顔③
右太もものドラゴン

・・・・・・・・すごぉ(@_@)

【トナチャウ登山のご褒美】
子供たちが獲ってくれるココナッツ。

「あんな高いところに・・・・」と呆然と見上げるお二人。
ヤシの木に登る光景が見慣れてきちゃった私だけど・・・
確かにすごい技術です!!


みて♡
ココナッツを抱えるちびガイドさん可愛いでしょ♡

と思ったら・・・
すぐに逞しい男性に早変わり!!!

飲みやすくカットして”ハイ”って渡してくれるんです。
うーーー毎度のことながら感動!!

【ご褒美②】
山を下ったお宅では丁度夕ご飯の準備中。
ちゃっかり”パンの実チップス”いただいちゃいました♡
7変化するパンの実ですが”パンの実チップス”は私の中で№1かな♡

強行スケジュールを何とかクリアした私達。
兎にも角にも子供たちに感謝です(*^。^*)

大好きな子供達が日本の新聞に載るかもしれない。
そう思うと嬉しくて嬉しくて
まだ決まってもいないのに目頭が熱くなったり・・・・。

お二人から「子供すごいねぇーー」「逞しいねぇー」と褒められると
我が子のように嬉しくてニタニタしてしまったり・・・・。

『最後に飲んだココナッツは最高に美味しくて、疲れが一気に取れました』との声には
「そーーーーーなんです!!!! 子供たちが獲ってくれるココナッツは特別なんです」
とちょっと威張ってしまったり・・・・。


そんな私はお二人に「もう母親ですね」と言われちゃいました。
えへへへへ♡ それくらい可愛い子たちなんです(*^。^*)

「しんどかったけど、でも登ってよかった。子供達の笑顔が見れて良かった。」何度もそう言ってくれる宮地記者と関口カメラマン。そんな風に感じてくれるお二人をお連れすることができて幸せだなー。と心から思いました。

大好きなちびっこ達の写真がもし掲載されたら
いち早く届けに来よう♪ 新聞を見せたときの子供たちの笑顔を
想像するだけて今から幸せな気分んなってしまう私です。

***宮地記者&関口カメラマンに同行の巻は後半に続きます****








2013年8月12日月曜日

チュークのケーキの頼み方♡♡

とある日。
 
観光局のお隣”トラックストップホテル”のフロントに
遊びに行くと・・・・
何やら賑わっていました。
 
 
 
あーだこーだと相談しながら
真剣なまなざしのお客様方(チューク人)

散乱しているフロントデスクにあるものは・・・・
”ケーキの粉”?!?!?

そして
段ボールで作られた♡や●や■には
値段が表示されています(?_?)
 あーーーー!!
なるほど(*^。^*)

彼女たちは”ケーキを注文”しに来ていたんですね♪
トラックストップにはベーカリー工場があって
出来立てのパンやマフィンがレストランで販売されています♪♪ 
そしてケーキの注文も受け付け中(*^。^*)
 
 
 
こんな感じの出来上がり♪♪
一番上がお誕生日や記念日に注文されるケーキのサンプル

ちなみに・・・・・
私のお勧めは一番下の段の『チーズケーキ』
1ピース3.75㌦とちょっとお高めではありますが・・・・・・
その価値あり♡と納得しています♪♪

※高価なので・・・・とっておきの時しか食べられません(._.)
1年4か月のチューク生活で2回食べました♡♡


 

スペシャルケーキのアップ!!!
色々なデコレーションがしてあってこれまた贅沢‼!!

さすがにここまで装飾が施されているのを見るのは稀で
通常はクリームなどのデコレーションの上に文字を書く程度です。

ちなみにこのお値段・・・・60㌦以上だとか・・・。
 

いやーこんな高級なケーキ頼む人いるのかなぁ・・・と
思っていたら‼!
なんとも偶然に出会っちゃいました⇓⇓⇓

♡1歳記念のケーキ♡

テーマは海:貝に見立てたチョコレートがデコレート♡
男の子の好きそうな”スパイダーマン”ものっかっています♡
ん??? ”木”は何の意味があるんだろう・・・・・
「ヤシの木」だったらチュークっぽいのにぃ
なんてお節介は置いておいて(笑)

1歳坊やのすくすく成長を願っています♡

***おまけ***
 
すくすく成長と言えば。
我が家の姫も毎日元気にしています。
 
 
最近の流行は寝たふり★とかくれんぼ。
私の部屋に隠れてお姉ちゃん&お兄ちゃんが探しに来るのを
ひたすら待っています(笑)

 
姫にかかったら何でも遊び道具♡
イヤホンでめつぶしーーーーーーーーっ?!?!
ではなくて「お姫さまのお目めはどこにいったでしょー」ごっこです(笑)

~お姫様の指キラキラお魚で彩るの巻~
頂いたシールを目ざとく見つけたお姫様。
1本の指にシールを貼ってあげたら「もう一本・・・・」とリクエストが続き・・・
結局全部(笑)
最初からこーなることわかっていたけどね(笑)♡

ご満悦そうな顔みたら、こちらも笑顔(*^。^*)

2013年8月7日水曜日

バナナ撮影会~お姫様とバナナの背比べ♡~

とある日の我が家
 
玄関開けたら良い匂いがぷ~ん♡
 
匂いの正体は⇓⇓⇓
 
巨大バナナ♡

とても立派だったので我が家の姫と
『背比べ♡』開始。

どっちが大きいかな~?!?!

私の方が大きいもん‼!!!
と頑張る我が家のお姫様(*^。^*)

僕らも入れてよ♡とボーイズ乱入!!!

『写真撮って♡』とリクエストするお姫様。
手にはバナナ‼!

気分はすっかりモデルさん(笑)

大騒ぎしながら撮影会をしてたらお母さんも参戦!!!
親ばか2名が(お母さんと私) とにかく写真を撮りまくり♡

お兄ちゃん(次男)と姫

お兄ちゃん(長男)と姫
 
バナナの房がお家にあることはいたって普通の事だけど
この大きさ・立派さは結構すごい♪
 
実はこのバナナはご近所さんからの頂き物♪
 
我が家のホストファザーは教会の牧師さんをしていて
ご近所の方から敬われる存在です。
そんなお父さんの元には『尊敬』の気持ちを込めてさまざまな贈り物が届きます。
このバナナもその一つ。
 
香りも見ごたえもたっぷりのバナナ♡
撮影会も楽しませていただいた後に
みんなで美味しくいただきました(#^.^#)

2013年8月2日金曜日

★小さな親善大使★~素敵な笑顔をありがとう~

7月23日(水)
 
いつもにまして快晴のチューク‼!
そして何やら非常に賑わっているチューク国際空港‼!!
金網に張り付いて飛行機が来るのを今か今かと待ち望む子供達♡
 
そう!
本日は『ミクロネシア諸島自然体験交流2013(★)』の子供たちが日本からやってくる日♪
子供はもちろん大人も浮き足立って日本からの子供たちを
待ち構えているチュークです(*^。^*)
 
★ミクロネシア地域の子供たちと日本の子供たちが相互交流を行い、お互いの自然や文化などを理解し、国と国との関係がより親密となることを期待し、独立行政法人 国立青少年教育振興機構が主催。2002年から実施されているプログラムです。
 
 
【飛行機到着!】
日本の子供たちが下りてくるのを
金網に張り付いて待つチュークの子供達♪
 
 
【チュークの子供達】
6月にこのプログラムで日本に行ったチュークの子供達♪
今度は僕らがお出迎えするんだ!! と張り切っています。


【日本の子供達到着】
オレンジ色のお揃いのポロシャツでチュークに降り立った
『チームチューク』
合言葉は
『僕たちは小さな親善大使‼』

空港で「上を向いて歩こう」を披露してくれました。

【歓迎会@空港】
初めてのチュークの食べ物にドキドキ♪
『キューリはチュークでもキューリって言うんだよ』と説明すると
『え?!』と驚く子供達。
そんな子供たちを見て微笑むチュークのおばちゃんたち。
ほほえましい光景です。
 
 
【チュークについてのお勉強】
チュークの歴史・文化・自然などについて観光局長がお話しました。
みんな一生懸命メモを取りながら聞いてくれました。

実は、私もちょぴっとお話を・・・。
”なぜ協力隊になったのか”などなど。
実はかなりドキマギしていました。
ちゃんと話せていたかなぁ(+o+)
 

【チュークで見る初めての夕日】

『空が広いね~』
『雨が降っているところがわかるよ』
『雲がおおいね』

チュークと日本の違いいろんなところで見つけていました。

2泊3日の無人島(ピサール島)生活に同行させてもらいました♪

【トノアス島へ(夏島)】

戦時中に海軍司令部が置かれていたトノアス島へ(夏島)
日頃の行いがよいからか(?!) 
快晴★ボート日和★

【トノアス島の子供だちと①】
戦時中の防空壕が子供たちの遊び場となっている小学校を訪問。

【トノアス島の子供達と②】
副校長先生から小学校についての説明を受けました。

【トノアス島の子供たちと③】
日本の子供たちが歌を披露すると、チュークっ子も負けじと披露。
歌で文化交流♪
 

【トノアス島の子供たちと④】
スポーツ交流!!!
炎天下で動き回れる子供たちに拍手っ‼!!

【ヤシの葉で籠つくり】
この男性の腕前はトノアス島で№1

【チューク州の警察官たち】
島への行程には警察が同行!!!
子供たちの安全を守っています。

【シュノーケリング@ピサール島】
到着時から『海入りたいー』と言っていた子供達
念願かなってシュノーケリング♪

『海だ―!!!!!』

 

【ご飯作り①】
子供たちが海で遊んでいる間に我らスタッフは食事の準備。
今夜のスペシャルメニューはココナッツミルクのスープ♪by観光局
写真はココナッツミルクを作る第一工程:ココナッツを割ってココナッツミルクの原料となる
「タカ」を取り出しています。

【ご飯作り②】
お魚を洗ってくれているのは・・・・実は先ほどの婦人警官さんたち!!
制服を脱いだら威圧感はどこへやら?
やさいぃおばちゃんになりました(*^。^*)

【ご飯作り③】
「タカ」を取り出したココナッツは蒔きより良く燃える燃料です。
 

【夕ご飯♡】
チキンに魚にパンの実にタピオカにソーセージにキムチ
そして局長自慢のココナッツスープ♪

『これ・・・なに?』と恐る恐る聞く子供達に
『とにかく食べてみて♡』はちょっとスパルタだったかな(笑)
【お皿洗い】
食べたお皿は海と砂を使ってきれいに洗います。
『洗剤使わないなんてはじめてー』って声が聞こえてきました。。。

【ピサール島での夕日】
またたくまに日が沈み一日が終わります。


【ラジオ体操】
日本人の朝は⇒ラジオ体操?!
協力隊派遣前訓練時代を思い出してなにやら懐かしくなりました。
現地の子供たちは興味津々

みんな一緒にラジオ体操♪

【スコール⇒虹】
何やら雲があやしーぞーーーーと思ったら。
きました『スコール』

そしてその後のご褒美も♡
No Rain No Rainbow♡

【チュークの子供の得意芸】

子供って遊びの天才だと思う。

子供たちは 
日本語・英語そしてチューク語
さらに子供だけが知っている『仲良くなる方法』を使って
あっという間に打ち解けて色々な遊びをしていました♡

うらやましいなぁ・・・・。

【ソーラン節練習風景】
この日の夜はキャンプファイヤーの予定。
『チュークの子供はダンスするから日本の子もやって♡』と
急なお願いに応えるべく早速練習。
やっぱり日本人ってまじめですよね(*^。^*)

私も小学校の運動会で踊った記憶が・・・・・。
それにしても【ソーラン節】って今や全国区の踊りなんですね~
びっくり!!

【環礁上のお散歩】
『太平洋の湖』から外洋を眺めにいざ出発!!

 

【環礁上】
環礁の上を歩く感覚
外洋から環礁内に水が入ったり出たりする感覚(満ち引き)

”初めて”がいっぱい♪
 

【シュノーケリング】
 


【運動会@ピサール】
急きょ開催されることになった運動会。
大人も子供もの日本人もチューク人も入り乱れて一心不乱に頑張った!!!
 

【勝負は真剣‼!】
ボール渡し・綱引き・リレー・バレーボール
小雨降る中、チームの勝利めがけて一致団結♪


【おサボり発見】
みんなが一心不乱に勝利めがけて頑張っている中
さぼっているこのおじちゃん。
実はチュークの伝統「スティックダンス(戦いに行く前に気合を入れる踊り)」の先生です。

日本の子供達も練習して歌もダンスも完璧になりました!!
ぜひ日本でも披露してね♡



【さよならピサール島】

お風呂なし
トイレは外で懐中電灯必須
ご飯を食べたらすぐ就寝(夜8時頃)の無人島

でも
海に囲まれ
満天の星を見て
友達と駆け回った無人島

子供たちの目にはどう映のかな。

 
 
無人島からの帰り道
大雨に降られてずぶ濡れに・・・。
『この日の事は忘れないー』と力強く叫ぶ声を聴いて何とも頼もしく感じました。
 
翌日はホームステイの日。
各家々で楽しい時間を過ごしてきたことでしょう。
(きっとたくさん驚きと共に‼)
 
次の日に再会したときに
『私の家ねー』
『僕の家族ねー』と目をキラキラさせて話してくれました。
 

【お別れ会】
みんなで覚えた気合を入れる合図。
日本で言う”1 2 3 ダー ”のチュークバージョン♡
を皮切りにパーティー開始。

歌えや踊れや♪♪


【最後のダンス】
”キャンプだホイっ”のチューク版”チュークだホイっ”
最後はみんなで踊って
楽しい夜は更けていきました・・・・・。

日本から子供たちが来るのをずっと楽しみにしていました。
その反面、緊張もしていました。
「チュークを好きになってくれるかな・・・」
「チュークを楽しんでもらえるかな・・・」

日本という国で育った子供たちが全く異なる「チューク」という世界になじめるかな・・・・と。
すっかりチューク大好き人間となっている私は心配でしょうがなかったんです。
それはここでの生活が日本とかけ離れているということを嫌というほど肌で感じながら日々過ごしているからかもしれません。

余計な心配でした。
『えーーーーーーーーーーっ』という驚きの声はたくさん聴かせてもらったし
『え?!』という驚きの表情は何度も見せてもらったけど
子供たちは『違い』を拒むのではなく楽しんでくれていました。
私にはそう見えました。

『違いを楽しむこと』
これこそ私が子供たちに望んでいた事でした。
いとも簡単にやってのける子供たち
日本からの小さな親善大使達は思いのほか逞しかったです。

さすが小さな親善大使です♡
きっと将来、チュークと日本の懸け橋となってくれることでしょう。

チュークでの日々が彼らの心の中に「素敵な時間」として
ずーっと残ることをチュークから願っています♪
♡kinisou chapur♡